永瀬のルーツ&何でも相談できる相手だった母が亡くなった後の話

カウンセラーについて

母を失い孤独を感じる女性のイメージ

こんばんは! あまやどり代表の
永瀬なみ( @NagaseNami_08)です。

今日は私のルーツや、人生の転機となった「母の死」に関するお話です。波瀾万丈な人生を歩んできた私の生き様や今の考え方が、少しでも伝わればいいなと思います。

昭和の終わりに岡山で生まれ小6で長野へ

私が生まれたのは、岡山県です。

小学校6年生まで岡山にいて、ある日、夜逃げという形で長野県に引っ越しました。

なぜそんな状況に陥ったかというのは、内緒です。というか、公の場でお話しできるほど単純な理由ではないため、ここでは伏せさせてください。

簡単にまとめると、「親の都合」です。

私が長野にいたのは、2012年の春まで。そこからは大阪に住んでいます。

長野を離れた理由は、母が亡くなったこと。

冒頭にお伝えしたとおり、私は夜逃げという形で長野に移住したため、長野には身寄りが全くおりません。私のルーツは、岡山県なのです。

お父さんがいるじゃないかと思った人もいると思うのですが、父は私が19のときに亡くなりました。

私たち家族を長野という縁もゆかりもない場所へ連れていった張本人が真っ先にいなくなってしまうのですから、残されたこちらとしては「おぉ~い!」と言いたくなる心境ですよね。

ただ、当時まだ私の妹が中学生だったこともあり、母はシングルマザーとして生活するため、長野に残ることを選んだようです。

さて、ではなぜ母の他界した後に移住したのが岡山ではなく大阪なのかというと、これもまた事情が複雑でして。

簡単にいうと、岡山にも身寄りがいないためです。大阪には腹違いの兄がおりますので、その兄を頼って大阪へ来ました。

母の他界は想像以上にツラいもの

19で父を亡くしていたので、一度は経験している「親の死」。

ですが、母の他界は父のときとは全く違うものでした。

やっぱり母は偉大です。

今でもこれを書いていると泣けてきてしまうほど、私の喪失感というのはとてつもなくて。それはそれはもう……。

母の亡きがらに毎日 話しかけ、手をつないだり頬をなでたり。「このまま側に置いておきたい」と本気で思いました。

お墓になんて入れたくない。

触れられなくなるなんて耐えられない。

母の姿形が無くなってしまうことを想像すると、ツラくてツラくて……。

最後に棺を閉じるときは、人前であんなに泣けるものかと思うほど大声で泣き叫んでしまいましたが、自分がどう思われるかなんて考える余裕もないくらい、母との別れはツラいものでした。

目の前が真っ暗になった、あの日

母が亡くなったとき、私は生まれて初めて目の前が真っ暗になる感覚を覚えました。

というのも、私は長女なんですね。

何かあるごとに何でも相談していた相手。それが母でした。

これまでにも数々の困難はありましたが、それを乗り越えてこられたのは、家族がいたから、母がいたからです。

私には妹がいますが、妹は私にとって頼れる存在ではありませんでした。

そりゃそうですよね。私と妹は4つ離れていますから、母が他界したときの妹は、まだ20代の半ば。自分のことでいっぱいいっぱい、遊ぶのが楽しい盛りのイケイケギャルでしたから、そんな妹をシングルマザーの私が頼るハズもありません。

これから私は誰を頼って生きていけばいいんだろう……。

そう思い、まるで目の前が真っ暗になったかのように感じたのです。

実はわが家はほかにも複雑な事情がありまして、私には家族以外に親戚がいません。後に1人のいとこと再会することになるのですが、このときは妹と息子しか身内がいない状況でした。

そこで登場するのが、腹違いの兄です。

私には、腹違いの兄が5人います。その中で唯一、連絡を取れるのが大阪の兄だったのです。

何でも相談できる相手がいなくなった

結果的に兄を頼って大阪へ引っ越すことになりましたが、やはり、兄は兄。本当に困ったときには頼りになる兄も、日々のこまごました悩みを相談できる相手ではありません。

兄の奥さんにも相談をしたことはあります。

でも、その人が「悩んでも仕方ない」「何とかなるやろ」という考え方の人で。「ちょっと話を聞いてほしい」というときには向かない相手でした。

ましてや子どもが4人もいるお母さんですから、常にドタバタと忙しそうでしたし……余計に気軽には相談できませんでした。

もともと何かあれば母か妹に相談をしていたため、友達に相談をするという習慣が私にはありません。

となると、相談できるのは妹のみ。

でも、妹のことで悩んだときはというと、誰にも相談できなかったんですね。

ですから、自分なりに答えを見つけて、自分なりに進めるしかありませんでした。

悩みに合わせて相談相手を変えています

母を失った喪失感は、今でも消えていません。よく夢にも出てくるし、「こんなときに母がいてくれたらな」と思うこともあります。

でも、それはそれ、これはこれ。

何でも相談できる相手であった母は、もういないのです。だから、母の代わり(=何でも相談できる相手)を探すのは、もうやめました。

今、私は悩みに合わせて相談相手を変えています。

ちょっとした愚痴や迷いがあるときは、息子に。

何かを決断したくて背中を押してほしいときや、リスクに気付かせてほしいとき、恋愛に関する相談は、妹に。

編集やライティングに関する悩みは、編集者さんやディレクターさんに。

もしそれでもどうしても相談できる相手がいないときは、「有料でもいいから誰かに話を聞いてほしい、アドバイスがあれば教えてほしい」と思うようになりました。

なぜかというと、ひとりでいつまでも悩んでいることが時間のムダだと思うからです。

「こうしたい」と思うことを、「してみたら?」と言ってほしい。

「こうしたいけど、ここが分からない」と思うことを、「それならこうするといいよ」と教えてほしい。

そんな答えをくれそうな人に相談すると、相手は私が欲していた答えをくれます。

ひとりで悩んでいたら半年かかることも、誰かに相談すれば1週間で解決できるかもしれない

そう考えると、ひとりで悩み続ける時間がとてつもなくもったいないと感じるのです。

相談できる相手は意外と身近にいる

相談相手が見つかって喜ぶ女性ライター

何かに悩んだときは、周りを見渡してみてください。

自分では「この人には相談できない」と思っている相手が、意外と良い相談相手になってくれる場合も実際にあります。

家族でも、友達でも、Twitterのフォロワーさんでも、編集者さんでも、誰でも構いません。まだ誰にも相談したことがないなら、話を聞いてくれそうな人を探してみてください。

誰かに話を聞いてもらうと、自分の気持ちを整理できます。

気持ちを整理することで、自分の願いに気付けます。

話すだけで気持ちがラクになることも、多々あります。

だから私は、悩んだときこそ誰かに相談すべき。そう思います。人とのつながりも作れますしね😊

誰もいないときは永瀬がいるよ!

もしどうしても誰にも話せない悩みがあるときは、私がいます! いつでも気軽にご相談ください。

前向きにがんばりたい人や、自分に自信を持ちたい人を永瀬は応援します✨ 相談し終える頃には、きっと前向きな気持ちを取り戻せているハズですよ☺️

ライターや編集者とのつながりを作りたい人のために、交流会も始めました! 毎月の定期開催を予定しておりますので、興味がある人は、ぜひご参加ください🤗

永瀬 なみ

オンライン相談ルーム『あまやどり』代表 / フリーランス専門メンター。前向きにがんばりたい&自信を持ちたいフリーランスをメインにサポートしつつ、オンライン講師も務めています。
【保有資格】
・上級心理カウンセラー
・行動心理士
現役ライター・編集者としても活動中/『ライティング事務所くすの樹』代表
「幸せは自分の心が決める」がモットーのシングルマザー。実は結構おっちょこちょい。

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